CyberDiary

Decenber 31, 1996 [晴れ]

 さて、27日から31日までのスキー旅行は終わった。とにかく晴天に恵まれた。雪はあるにはあった。しかし、コースの所々にブッシュが出ているだけでなく、土や石が出ているところもあった。何よりも辛いのがアイスバーンである。これがあると両足が一度に横に滑ってしまい、こけると10m〜20mは止まらない。また、人が多くてリフトに乗るのも大変だ。そして、コース上にも人、人、人。そして、一番困るのがコースの真ん中に止まっているスキーヤーやスノーボーダーである。特に、ボーダーが座って休憩しているのが許せない。コースの真ん中は休む場所でないというのは、基本的なルールでありマナーでもある。ビリヤード場やボーリング場でも思うが、遊ぶときでも公共の場である限りはマナーを守って欲しい。回りに迷惑をかけない基本はマナーを守ることだ。ちょっとしたことだが、マナーを1つ守ることで回りの人が楽しく過ごせるのである。
 29日には宮城県側から山形県側の蔵王へ移動していた。雪の状態はこちらの方が良かった。しかし、旅館はとても悲惨な状態であった。まあ、子どもの暴れる音が廊下から階上から、夜中まで響くのだ。障子戸が斜めになっていてすきま風が吹いていた。あまり、衛生的でないことも気になった。それにしても、スキー場がなければ鄙びた温泉街である。特別に大きなホテルはなく、昔ながらの旅館が多く。小さな商店が軒を連ねている。町の中を沸きあふれた温泉が川となって流れているため、硫黄のにおいがどこにいても立ちこめている。
 「山口餅屋」という一見の小さなお店に入ったが、これが美味しかった。ここにも周富徳のサインがあったのが以外だ。宍戸錠などのサインもあったが、「伊勢屋」という名前で昔のサインがあった。500円のメニューでいろいろあったが、スタンダードにのりまき餅にした。さすがにできたては柔らかくてうまい。小降りの餅が6個入っていて、十分な量である。
 31日は山形市(JR山形駅)から在来の仙山線でJR仙台駅まで移動することになった。切符は1090円と野洲から大阪までの料金と同じである。しかし、山形市と仙台市はまったく雰囲気が違う。どちらも県庁所在地でありながら、仙台は海に近く、山形は奥羽山脈の麓である。そのせいか、山形はとても田舎の感じの強い都市である。それにくらべ、仙台は洗練された都市である。立ち並ぶビルの様相が、仙台は各大通りにずらっと並ぶが、山形は駅前に少しだけである。もちろん、駅舎の違いもはっきりとしている。山形駅から電車が出るとすぐに田園風景である。そこから山中を抜けていくのだが、山寺駅からは日本三大山寺のひとつ、立石寺が見える。面白山を越え、険しい岩肌がそびえていたり、緑の山並みが素朴な美しさを持っている。突然、平たい山の上に観覧車だけが見えた。森の上に突き出るそれはあまりにも唐突であった。そこはどうやら宮城県に入っていたようだ。また、仙台市内に入った直後(青葉区)は一面の田園風景で、駅に近づくまでに随分時間がかかった。
 仙台で飛行機の時間まで時間潰しをしたが、ams西武の地下2階にあるたい焼き屋「一口茶屋」では1匹100円で6種類ほどのたい焼きが売られている。期間限定の栗の入ったたい焼き(\120)は、賽の目にした栗が小豆あんの中にたっぷり入っていて美味しかった。ちょっと甘かったけど、ふつうそうだよな。
 仙台空港から伊丹空港まで帰り、梅田で夕食を済ましてから菩提寺の家に着いたのは21時頃であった。

 それから22時には帰省している友達と京都へ初詣に出かけた。北大路の友達と合流して、近くの上賀茂神社へ行く。

Decenber 27, 1996 [晴れ]

 今日はスキーのために蔵王へ出発する日だ。情報では雪が少なく、滑走も一部または不可という状態だったので心配である。
 10時に伊丹空港を出発し、1時間後には仙台空港に、それから1時間後には仙台市内に到着した。飛行機の中から雲海の中に突き出る富士山が見事であった。非常に神々しく、これぞ日本の絶景という感じだ。空から見ても、雪のあったのは長野近辺から日本海沿岸地域のみで、蔵王近隣は雪らしい雪もなく、不安がつのるばかり。
 とにかく、昼食と仙台市内の観光をすることにした。まずは、雑誌でチェックしていた寿司屋に行くことにした。そこは「富貴寿司」という、小さなのれんのお店である。奥に長くなっていて、長いカウンターと幾つかのテーブルがある。どうも、なじみにくそうなおやじの顔がある。受け答えもどこかそっけない。まあ、しかし、有名人のサインがたくさん置いてあり、中でも周富徳のが3枚あった。毎年(94年〜96年)、8月中旬に来ているようだ。にぎりの盛り合わせも4ランクあり、手頃な値段からで、下から2番目の「月」(\1500)を頼むことにした。まあ、特別どうとは思わないが、もう少し愛想がいいとおいしく思ったかもしれない。
 雪がないときのために「仙台模型」に寄って、「A HREF="http://www.biwa.or.jp/~hideki">マジック」のカードを買った。場所を教えてくれたアニメイト仙台の店員さんには感謝している。
 そのまま、歩いて青葉城祉公園へ行き、「仙台市博物館」で仙台の歴史と文化の展示物を見た。最初は地味に感じたが、土器や石器から源平や戦国時代に近づくと、徐々に時間をかけて見るようになる。豊臣秀吉伊達正宗の直筆の書があり、上杉謙信の甲冑(常設ではない)なども展示されていた。後の都合もあり、50分で出たが、ゆっくり見れば1時間半は楽しめるのではないだろうか。
 その後、青葉山を登って、頂上から仙台の全景を見渡した。これも実に遠くまで見ることができ、得した気分だった。
 さて、JR仙台駅へ行く前に、喫茶店に寄り道をすることにした。雑誌によると、自家焙煎のコーヒーが300円、ケーキが50円というのだ。また、県外からの来客が多いとのことで、これは是非行かねばということになった。私は当然カフェ・オーレである。ケーキも100円のモンブランにした。安くてもしっかりと栗の味がしているところがすごい。けっこう、栗か芋か分からない味が多いが、これは間違いない。1階にも喫茶店があるのだが、横からの階段を上がって入った店は小さいが、中はとても雰囲気が良かった。各テーブルには木のパズルが置かれていて、待ち時間も飽きなくて良い。インテリアも落ちついた木のものばかりで良い。家が近ければ、毎日行きたいお店である。そうそう、店の名は「ろじーな」だ。
 JR仙台駅から東北新幹線で白石蔵王へ移動する。しかし、止まらずに福島まで行ってしまい、1時間待って、白石蔵王への新幹線に乗った。駅からバスで蔵王町のホテルへ移動したが、途中、JR白石駅へ寄るのである。新幹線を使わずとも在来線で良かったのではないだろうか。こうして、無事にダイワロイヤルホテルに到着した。
 やはり、仙台に降りて寒い地域だと感じた。天気は良く、歩き回って体が暖まっていたかもしれないが、日が傾きかけてくると日陰の寒さはとても厳しかった。

Decenber 26, 1996 [晴れ]

 今日は守山のららぽーとの近くにあるイタリアンレストラン「プレェーゴ」へ行った。コースが、前菜、パスタ or ピザ、デザート、コーヒーで 2,500円とそこそこの値段である。しかし、特にうまいものはなく、パスタもキノコがなくなったので、ブロッコリーになってしまい、非常に残念だ。これでは、2,500円は高いと思う。ただ、クルミの入ったライ麦パンがついていたがそれだけはおいしかった。まあ、この横にある「サンマルク」も人気の店だが、店員の応対の悪さに驚いて店を出た覚えがある。それに比べたら店の雰囲気は悪くない。
 しかし、その帰りが大変だった。店を出てすぐのこと、ガラガラという音が車内に響き渡ったのだ。昨日からタイヤの空気が少ないと指摘を受けていたのだが、パンクであった。
消防署の空きスペースに止めさせてもらってタイヤを替えることになった。はじめボルトが取れなくてJAFへ電話したが、現場まで30分かかると言うので、ボルトのはずし方を確認して再挑戦した。何とかタイヤを交換したが、あせってしまう。家についたときには23時を過ぎていた。明日から蔵王へスキーへ行くというのに・・・
 よくよく思い返してみると、今日インターネットでおみくじをやったときに「大凶」が出ていた。「あまり遅くまで出歩かないこと」とかかれていたのだが、すっかり忘れていた。思いつきで食事に出かけるのもたいがいにしなければならない。

November 20, 1996 [晴れ]

 今日は京都へ出かけた。先日、年賀状用に職場の人たちの似顔絵を描いてもらった友人の紀野さんと会うためである。
 京都の駅前で昼前に待ち合わせて、京都タワー地下のカレーハウス「プチ・コアン」に入る。ここのビーフカレーはもうむちゃくちゃうまい。カウンターの向こうには3・4人のシェフがあの白い背の高い帽子を被って待っている。お昼になると並ばないと入れないが、まだ席は十分にあった。ビーフカレーの場合、黄色く炒めたご飯に煮込んでとろけるような牛肉が乗っていとカレーが別に運ばれてくる。辛さは普通と辛目が選べる。今回は同じ750円の貝柱風味カレーにした。大きな貝柱のフライが5つご飯に乗っていた。もち、カレーは別に出てくる。とにかくボリュームがあって食べきれないくらいである。カレーも普通の辛さでも十分に辛い。4分の1を食べた頃からお腹が張ってくるのだ。
 しかし、ランチメニューがすごかった。紀野さんが選んだその日のランチはビッグカツにカレーであった。そのカツの分厚いこと。また、柔らかくて脂っこくないのだ。これは何とも言えないだろう。これが、720円なのだ。
 カレー好きでなくとも一度は味わっていただきたい。この日はサービスでバニラアイスが出たが、サラダが必ず付いている。そして、福神漬けやラッキョなど4種のトッピングが自由に取れるようになっている。
 その後、満腹の腹を抱えながら地下鉄で四条まで向かった。大丸は休みだったが、ショーケースをクリスマス用に模様替えしていた。もう、みんな年末の準備を始めたんだなぁ。
 さて、色々買い物をして新京極の「アサヌマ」で休憩することにした。ここはセルフサービスでコーヒーが200円なのだ。結構いけるのである。カフェ・オレ(250円)とアップルバターケーキ(300円)を選んだが、430円なのだ。シフォンケーキも4種あって250円くらいだった。
 京都で安く休憩する場所は少ない。「青山」なんか高くて入りづらいしね。「平野屋」や「ジロー」も良いけど、アサヌマも捨てたものではない。

October 23, 1996 [晴れ]

 本日は天候に恵まれ、養老へ行ってみた。名神の関ヶ原I.C.から国道258号を東へ12km、20分ほどで養老の滝のすぐ下にある天命反転地へ行くことができる。
 到着の手前で12時になったので、まずは腹ごしらえ。前回、目を付けていた養老ミートのお店に行くことにした。「ハローキッド」(0584-32-4616)というファミレス風のお店でお肉の卸業者がその工場の向かいでやっている店である。ランチは700円から1,200円くらいまであるが、700円のステーキランチにした。これが柔らかくて香ばしい。通常は倍以上はするのではないだろうか。ご飯と味噌汁が付いていて十分な腹ごしらえができた。また、隣にお肉の小売店もあるので格安で飛騨牛が買って帰れる。一般の2・3割は安いのではないだろうか。
 さて、そこから5分も行けば養老公園である。その片隅に、いや中心に何やらあやしげな物が建っている。バラバラになった茸のような建物が肌色のコンクリートの大地に立っているのである。「養老天命反転地」(700円)は約18,000・の広い施設である。大きくくぼんだ広場のそこかしこに楽しい形の建物が建っている。また、真っ暗なトンネルが作られていて、床も平行でないのでドキドキしながら暗闇を探検した。とにかく2時間その中で歩き回って汗をかいた。頂上に上ると遥か田園風景と町並みが一望できた。とにかく何処にいても全ての位置が見渡せるのだが、くぼみの外周は傾斜が急なので気を付けないと危険である。ただ、誰でも単純に楽しめるようになっているので、大人も童心に返って楽しむのが良い。
 開園時間は9:00-17:00だが、入場は16:00までなので注意が必要だ。駐車場は300円になっている。
 帰りは関ヶ原I.C.を一度通り過ぎて、関ヶ原鍾乳洞(600円)へ行った。思ったよりは距離があったが、防空壕のような洞窟で鍾乳洞の部分は後半の少しだけだ。ニジマスが元気に泳いでいたが、目が見えるのか、のぞき込むだけであわてて逃げてしまう。15分くらいで出口へ付いてしまった。もう一度入ってやろうとしたら、ダメだと言われて早々に引き上げることにした。結構せこい。

October 21, 1996 [晴れ]

 昨日、衆議院の総選挙が行われたわけだが、戦後の衆院選では最低の投票率59.65%とそれまでの67.26%を大きく下回った。これは政治が国民の支持を得ていないことの現れである。
 若者が政治に無関心だと言うが、そうではない。関心を引き起こすような政治家が居ないのである。選挙に行かないのではなく、行くに値する人が選挙に出ていないのである。選挙への反対票があれば、投票率も上がるのではないだろうか?
 訴える政策もなく、人を引きつける魅力もない人たちが政治家と言われている間は誰も行かない。今回投票した人も義理やついでの様な人も結構居るはずだ。実際の投票率はもっと低くなるはずである。
 選挙とはいかにももっともらしいことを言い、多くの有権者に嘘を信じさせた人が勝つゲームである。政治家とは嘘を平気で言える人、などと国語辞典に載る日も近いかも知れない。ビアスの「悪魔の辞典」を読んでみるのもいいだろう。

October 17, 1996 [晴れ]

 昨日から上桂に泊まり込み、今日は嵐山の散策に行くことにした。昨晩から朝6時まで起きていたので、ようやく寝てから10時に起きた。
 阪急の上桂駅に行き、2駅先の嵐山駅まで電車(150円)に乗る。渡月橋まで行くと風も涼しく、ゴウゴウと流れる水流もより涼しげだ。観光客は以外と多く、年代も高齢者から恋人同士、また、修学旅行生までいる。町中には観光の人力車が軽快に走っていた。
 まずは「美空ひばり記念館」近くの「天龍寺」に行き、庭園(拝観料500円)に入った。大きな池があり、その裏手の山へ入ると非常に静かな空間になる。そこから嵯峨野の散策道へ行くと大きな竹林の中を通る。このあたりも日が当たりにくいので涼しい。紅葉にはまだ早いのだろうが、木々の中には頭のてっぺんを赤くしたものも多かった。話を聞くと11月末には紅葉になるそうだが、今年は早めかもしれないとのこと。

 散策の途中でお昼へ行く。狙いを付けていたフランス料理店「ル・プラ・プリュ」(075-881-9329)だ。運良く最後の一席にありついた。小さいお店だが、2階建てのお店で20人程は入るようだ。ランチメニューは三種類。1,800円のランチAから2,500円、3,000円と並んでいる。ここは思い切ってランチBを選択する。まず、メニューの組み合わせが豊富で何が何だか分からない。ランチBはスープまたは前菜、メインに魚か肉料理、デザートかチーズ盛り合わせ、コーヒーか紅茶のコースである。
 まず、サラダが大きな皿で出てきた。6品もの色とりどりのサラダが並んでいる。これだけでお腹が膨れそうである。ポテト、トマト、キュウリ等、あとはよく分からなかった。これは半分残した。一緒にパンが出たが、丸いパンを4等分に切り分けた形をしている。固くて食べにくいよくあるやつだ。始めは温かいが、すぐにバターも溶けなくなってしまいなんとも食べにくい。固いので、皮が剥がれるように表面だけがはがれてしまった。。
 スープはポタージュかポ・ト・フーの2種類から選べる。「レンズ豆のポタージュスープ」にした。これはカフェオレのような色のスープで豆独特のザラッとした感触のあるスープだ。もちろん、レンズ豆そのものも粒状で入っている。やや甘さがあり、熱くなくぬるいという感じ。
 メインディッシュは肉料理にしたがこれも7種類程から選ぶ。良く分からないので、トリュフと書かれたのにつられ「うずらのトリュフ茸香焼」にした。うずらの丸焼きでしょうか、小さな骨も付いたままで、その大きさ形が良く分かる。皮がパリパリに焼けて香ばしい。添え物の茸とほうれん草も美味しかった。この辺でお腹が張ってきていた。
 次はデザートだ。デザートも大皿で6個出てきた。別腹とは言うものの、3個まで食べたところで結構つらくなってきた。まずは「洋なしのシャーベット」から食べた。味がハッキリしているので良い。次に「栗のパイ包み」で、甘くないのは良いがボリュームがある。そして、「オレンジのタルト」はとにかく酸っぱい。でも美味しい。「ショコラケーキ」は甘かった。「ブルーベリーのケーキ」は大粒のブルーベリーが入ったとろけるような柔らかいケーキだった。最後に半分に切った「いちじく」の実を食べた。もう、腹がパンパンに張っている。
 とにかくボリュームは満点で、ランチCだったら魚と肉料理と2皿だからとても食べきれなかったろう。また、サラダを残したのも正解だった。ランチは3種類だが、肉料理を選んだ場合の選択メニューは同じなので1,800円のランチAでも十分に楽しめただろう。

 腹ごなしのために遠くまで歩くことにした。まずは北へと「大覚寺(だいかくじ)」を目指す。15分程歩いただろうか、大覚寺の庭園へと入った。大きな大沢池があったが、水はとても濁っていて大きな鯉の姿も水面近くに背中が見えるだけである。ここは早々に退散して、また、長距離移動をすることにした。
 途中、「裸の大将記念館」の前を通過して、長い坂を上って「化野念仏寺(あだしのねんぶつでら)」(500円)まで行った。化野(あだしの)という地域は昔風葬をしていた一帯だそうだ。境内には無縁仏が無数に並び、中心に大きな仏塔が建っている。裏には竹薮があり、古いお墓もあった。先の、天龍寺ほど広くはないので、見る場所もほとんどなかった。
 次に「祇王寺(ぎおうじ)」(300円)へ行った。ここも狭くて小さな東屋があるだけだった。中学生がキャアキャアと賑やかで、コケむした庭園の荘重な雰囲気を壊していた。
 二尊院へ行く途中で、「いっぷく処 つれづれ」でわらび餅(380円)をいただいた。黄粉と砂糖が思いっきりかかった大きなわらび餅は、粘っこく柔らかい。箸で挟んでちぎって口にすると溶けていくような感じである。温かいお茶も美味しかった。そうそう、嵐山の西に連なる仏閣のある地域を嵯峨野とよぶそうだ。嵐山には3本の鉄道があり、各駅のある当たりを中心にしてコンクリートの建物が並んでいるが、嵯峨野は大きな古いお屋敷も多く、竹林や潅木も多く落ちついた場所なので全く雰囲気は違う。お店の女将と話し込んで少々時間をオーバーしたが、また紅葉になったら来るように言われて店を出た。
 「二尊院」(500円)は本堂まで少々距離がある。その裏手の階段を上って行くと、藤原家や二条、三条、四条という天皇ゆかりのお墓が多くある。これは掃除をしていたおじいさんに教えてもらった。山の上からは京都の町全部を見おろせるほどだったが、木が多く前をさえぎっていて残念であった。おじいさんの子供の頃は全て見渡せたそうだ。しかし、気があるおかげで自然のわき水が本堂まで一度に流れ落ちないし、木の下には古い墓石が多いため手入れが出来ないらしい。夕方の4時を過ぎて山中はますます冷え込んで来た。しかし、観光客はだれも上ってこない。帰りがけに3人の外人が上っていっただけだった。紅葉の時期になればここも人でごった返すのだそうだが、そのころは凍えるように寒いであろう。
 とにかく若い女性の一人旅も目に付いたが、男一人でうろついてるのは俺くらいのものだった。あとは、そこら中に修学旅行生の小団体がいた。こんどは誰かと来たいものである。

 さて、帰りは岡崎のフランス料理店「ラ・クレマンティーヌ」へ寄った。初の4,000円ランチに挑戦だ。
 まずはオードブルに「貝柱のサラダ」が出て、何とも弾力のある歯ごたえが良かった。そして、「ムール貝のリゾット」。堅めの芯のある雑煮のようなもので、見た目の不気味なムール貝がリボンのようにちょこっと付いている様は妙に笑える。しかし、それらに掛かったソースがピリッと辛くて全体を引き締めていてこれもうまい。で、旬の魚に「スズキの赤ワインソース掛け」、お肉は「子羊のソテー」だ。
 デザートは3品、「リンゴのタルト」「クリームブリュレ」「アーモンドの煎餅」だ。何と言っても「リンゴのタルト」はとても美味しかった。リンゴの風味が思う存分に味わえて、甘みも押さえて、酸味も程良く、リンゴの香りが口中に充満していた。「クリームブリュレ」というものは初めて食べたが、変わった食感で楽しかった。表面にカルメラを塗って、焼きごてで焦げ目をつけてパリパリにしてしまうのだ。しかし、中はプリンよりもとろっとした柔らかい状態だ。表面のパリパリと中のフワフワが何とも不思議な感じだった。「アーモンドの煎餅」とは、薄い堅焼き煎餅みたいなもので、香ばしくて歯ごたえも良く美味しかった。

 さて、本日はいっぱい歩き、いっぱい食べて、いっぱい使ったような気がするが、無駄遣いはなかった。締めて、8,980円の出費であった。上桂まで車で行ったので、交通費が往復で300円ということになっている。お昼と夜の食事が合計6,500円だから、実質はもっと安くなったろう。
 思っていた姿と違う嵐山と思った通りの嵐山があり、嵯峨野という場所が風景としても、その雰囲気も好きな場所であったことは間違いない。

October 13, 1996 [晴れ]

 今日は休みを取って京都市内へ出かけた。四条の京都大丸から錦通りの市場を見ながらお昼を食べるところを探す。ふと、富小路を四条通りへ下るとイタリア料理の看板が目に入った。しかし、お店が見あたらない。ちょっと下がってみると駐車場の塀の向こうに看板がある。良く見ると、通りの看板の横に肩幅ほどの路地があった。そこを入っていくと小さい店の入り口がある。表にはメニューがないが雰囲気は悪くない。扉を押して中へは入ってみた。
 イタリア料理専門「フクムラ」には2組の客が入っていた。2人掛けのテーブルが3卓と5人掛けのカウンターがあった。2人のシェフと2人のウェイターがいる。カウンターに座ってシェフの手さばきを眺めながら待つことにした。前の日に自分でパスタを作ったがソースはレトルトである。そんなものと比べるのは大きな間違い。
 しかし、メニューを見て驚いた。ランチメニューが7,000円と書いている。パラパラとめくると単品があった。1,300円から3,000円まで様々だが私は「サルモーネ」(1,800円)を注文した。サーモンとクリームソースのパスタだ。うーむ、見ていると量は結構あるように見える。他のパスタが出来上がって行くところを見ながら、自分の番を待った。ソースはアッという間にパンの上にあった。どこか下の方から出来たものを出したようだ。それにズッキーニをちょこっと加えて火に掛ける。程良いところでパスタをあえて出来上がり。
 薄い板状のパスタは白と緑でプチッとちぎれて粘りもあった。2種類の茸が美味しい。サーモンもブロック状になっていっぱい入っている。さっきまで思っていたほど量はなかった。丁度いい。  カウンターに手をついて食べていると、角にクッションが付いていることに気が付いた。これは食べやすいね。ともかく満足して帰る。

 今日のもう一つの目的は「Magic: The Gathering」の新シリーズ「Mirage」のカードを買うことだ。談に行くと売り切れていた。どうやら、初回は一部の店に少量しか入らなかったらしい。他の所には入った様子すらない。カード型のカウンター(1,980円)がようやく日本に入ってきたが、思ったより大きく見える。裏に短い足のような突起が出ている。これではカードと一緒にするには邪魔なような気がする。仕方がないので「Duelist」だけ買って帰ることにした。英語のカードが2枚と中国語のカードが1枚付いていた。
 帰りに大丸で若菜屋の栗納豆を買う。ここの栗納豆は他のとは違う。あの茶色の渋皮が付いているのだ。これがうまいのである。渋皮入りのようかんも一緒に買った。
 ここでふと桂の友人を訪ねようと思ったのが、大変なことになった阪急に乗って急行で4つ程の駅なのだが、よりによって特急に乗ってしまった。大阪の終点、梅田駅の一つ前、十三(じゅうそう)まで止まらないのだ。桂駅に着いたときには1時間が過ぎていた。駅前のコンビニで働く友人に会ってから、また、烏丸まで戻り、地下鉄で京都駅へ、JRで京都駅から野洲駅へ帰るのである。しかし、これも気付いたときには篠原駅だった。小さい駅では電車がないので、次の近江八幡で乗り換えた。また、2駅戻る。もう足の裏はボロボロである。今日は本当に疲れた。

October 8, 1996 [雨]

 ある俳優が不法駐車を注意して、結果警察に捕まった。何故なのだろう。相手の若い女性が自分の非を認めなかったためにその手を強引に引っ張って100m先の警察署まで行っただけだ。どう考えても歩道に人が歩けないような車の止め方をしていた女性が悪い。しかし、逮捕されたのは「不法逮捕」を行った俳優だそうだ。嫌がる人を無理矢理引っ張ったり拘束したということらしいが、警察の論理はさっぱり分からない。悪いことをした人間が大人しく捕まるはずがないのだ、それを若い女性だからといってその肩を持つのが警察のやることなのか。
 シートベルトをしなければ警察に捕まる。しかし、余計なお世話である。縦社会の警察では上の人間が良しといえば、事故なんか簡単にもみ消してしまう。自分の安全対策を忘れると捕まるが、当て逃げしても捕まらないことがあるのだ。このような不公平をなくしてから罰則を設けないと、誰のための法律か分かった物ではない。
 以前、脇道から飛び出した車に当たったことがある。相手は若い女性であったがなんとも態度が悪かった。車から降りて最初にへこんだドアを見るなり「ちぇっ」と舌打ちしてドアを蹴飛ばした。警察が来るまではとにかく生意気な態度が続いた。しかし、事情徴収が始まったとたんにメソメソと泣き出した。とんでもない女である。また、その後が悪かった。事件後、いかにも自分が悪くないようなことを良い始めたのである。「ホンダ」の社員であるその女性は交通マナーだけでなく、一般常識も欠けていたのだ。
 女性の中には自らをおとしめている人がいる。男女平等と言いつつも自分に値段を付ける女性がいる。値段というのは、ここまでは許されるだろうという世間に対する甘えである。自分は女だからこれくらいという気持ちが平等を理想にしてしまう。平等というのはただ、その地位を向上させるだけではダメだ。もちろん、特権的なものを取り払うことが先決だと思う。ましてや、それを利用する以上、平等などと言うものは口にしては行けない。
 先にルールだけを作ってしまうのは良くない。昨今の消費税が良い例(悪い例)である。自制のきかない人々に合法的にマシンガンを手渡すようなものだ。その銃口が彼以外に向くことは想像に難くない。10年、50年先を見通したビジョンのある国家を作るのは、ゆがんだ国民達なのであろうか。問題を先送りするのではなく、今やることが10年、50年後の未来を左右することを彼らは忘れている。

September 29, 1996 [曇り]

 今日は岩見恒一氏のページで紹介されていたお店で昼食をとることにした。近江八幡市にある「欧風料理 みうら」である。
 野洲から朝鮮街道を北へ行くと八幡へ入って間もなくコンクリートでできた一群の建物が道路左側に現れる。黄色い丸い「Vee-Vas」の看板が目立っている。3店舗が軒を連ねた形で広場を取り囲むようにレイアウトされていた。全体にしゃれた空間となっており、田圃の中とは思えない。大きなガラス面から中を見おろすようにできている。
 ランチメニューは1,200円から3,000円、4,500円というものまであった。1,500円のおまかせランチにすることにした。店内は一方が大きなガラス面で反対側が大きなカウンターとキッチンである。テーブルは2人掛けが1つと4人掛けが6つである。
 さて、メニューの順で行くと前菜、スープ、メイン、デザート&コーヒーとなる。
 まず、前菜はマグロの角切りサラダと白身魚のフライだ。熱々のフライは柔らかくあっさりとしている。で、マグロには梅肉がかかっていた。私は梅干しが食べられないのでこれを勘弁していただいた。申し訳ないことに代わりにスモークハムをいただいた。
 スープは細くサラサラとした卵と茸の入ったコンソメスープだ。次にメインのお肉とサラダ、ご飯が並んだ。このサイコロお肉の柔らかいこと美味しいこと。全く無理なく噛みきれるのだ。しょうゆベースのソースも辛すぎずコクがある。
 最後は、バニラアイスにたっぷりのタピオカとブルーベリーソースがかかったデザートだ。黒い陶製の器が良く冷やされていた。ブルーベリーの実も沢山入っていたが、そう酸っぱいものではなかった。コーヒーもまろやかで飲みやすかった。ともかく、満足してお昼を楽しめた。
 昼食後、すぐ横の「Vee-Vas」へ入ってみた。手作りの欧風家具が並ぶお店で、オーダーメイドに近いものが手にはいる。ソファも6万から56万のものまでイタリア製を中心に置かれていた。テーブルも10万から34万くらいまで良いものが揃っている。店の方に色々と教えていただいたが、何時になったらそのようなものが買えるだろうか?

September 25, 1996 [晴れ]

 本日は草津のシネマハウスで「THE ROCK」(監督 マイケル・ベイ)を見た。前回、「MISSION: IMPOSSIBLE」を見に行ったときに予告編を見て、是非とも行きたかった作品だ。最近になり、前評判も高くなっていた。
 とにかく前編を駆け抜けるスピード感は圧巻で、気付いたときには映画のラストシーンを迎えていた。
 海上の監獄「アルカトラズ」を襲撃し、占拠する海兵隊反乱兵の鮮やかな動き。そのリーダーにはエド・ハリス。そして、「アルカトラズ」に仕掛けられた細菌兵器(VXガス)を破壊するためにシールズと共にFBIの化学者(ニコラス・ケイジ)と、脱獄不可能と言われる「アルカトラズ」から唯一脱獄を果たした元英国スパイ(ショーン・コネリー)がアドベンチャー映画のように見事に侵入する。
 また、その2人が繰り広げたロス市内でのカーチェイスも、次々と他の車を破壊して進むランドクルーザーをパトカーとフェラーリが追いかけて、ついには路面電車をも破壊してフェラーリが大破するのである。ほとんどがズームアップされたシーンでスピード感がいやがおうにも増すのだ。スピーディーなカット割りが見事であった。
 「アルカトラズ」での銃撃戦シーンも迫力で、もうこの辺まで来ると完全に映画の中に入り込んでいた。後は最後まで秒読みをしながら数百万の命を託された2人が活躍する。冒険活劇的な要素が盛り沢山だ。
 最後に「プラトーン」を彷彿させるような夕焼けに向かってひざまづき、向かってくる戦闘機に両手を掲げるシーンである。
 基本的にはアクション映画の好きな人ならジャンルを問わず楽しめるように様々なアクションのパターンが入っている。また、それが必然的に無理なくテンポ良く盛り込まれているのが良い。
 ショーン・コネリーの渋い演技も、躍動的で重厚で老いて尚精力的なのだ。これだけでも見る価値のある映画なのだ。
 ところで、マイケル・ビーン(アビス、ターミネーター)が出ていたなんて気付かなかった。とてもかっこいい役であったのだが・・・

September 11, 1996 [晴れ]

 選挙での1票の格差に対して最高裁の判断が下りましたが、私は地方に1票の力があることは 地方の政治力過疎化を防ぐためにも必要かと思います。もし、それが問題なら県境を無視して でも一定人口あたりに選挙区を均一に割り振るべきです。
 で、地方に1票の力を与えることにより、都市部への人口集中を1票の力により地方へ分散 させられないかということを考えるからです。
 それには大きな課題があります。今の選挙区の問題だけでなく、代議士の選出方法から抜本的 に改革する必要があります。国会議員はあくまで地方の代表であることを前提にし、各地方が 対等に国政を担うことができればと思うのです。
 例えば、国会議員は副知事クラスの人間を各都道府県から1名選出します。その議員が立法府 を運営します。総理大臣は国民投票により全国区から選出します。大臣は総理の選任としま しょう。総理、大臣、知事の下に国会議員がいるわけです。これならば、1票の格差により 地方に力を与えることができます。
 また、同時に税制も大改革を行います。税金はまず、市町村で徴収します。その中から県へ 配分し、その中から国へと配分します。ここまでしないと本当の地方分権はできないのでは ないでしょうか?
 どちらにしても、今の日本にはこれくらいの荒療治を施さないと、白蟻に土台を犯された 歴史建造物のままです。いくら外壁を修復しても、数年後には土台から崩れていくことで しょう。

Augast 27, 1996 [雨]

 滋賀県は実に交通網がか細い。国道1号と8号、161号があるが、それ以外の街道が少ない。名神高速道路は毎日使うものではない。
 いわゆる幹線道路が足りないと言うか、生活道路が貧弱と言うのか。
 名神が止まるとすぐに国号が麻痺し、身動きが取れなくなる。抜け道も簡単でない上に、遠回りで狭いのが多い。特に生活道路に幹線道路並の負担がかかっている場所が多くなっている。狭い道路に、交通量が多く、スピードも出していて危ない。したがって、交通マナーもおしなべて悪い。
 信号のない交差点では、歩行者を無視して我が物顔で走る車が多すぎる。歩行者のために停止すると、左右から車が突っ込んでくる。まったく、歩行者を見ていないどころか、危険を感じていないのだ。歩行者が年寄りや児童の場合、特に余分な間合いが必要である。しかし、ドライバーはおかまいなし。
 道路のなさだけが心のゆとりを奪っているわけではないだろうが、事故を起こさないためにもゆとりを持ってハンドルを握りたいものである。明日は、3回目の免許更新だ。

Augast 15, 1996 [曇り]

 今朝で、希望ヶ丘までの減量サイクリング3日目である。台風12号が日本海へ抜け、風と厚い雲が残っている。日差しが弱い分、峠道を楽に越すことができた。
 自宅から程近い団地の裏道を抜けて行くのだが、その帰り道に前日と違う風景に気がついた。川の水が非常に綺麗に澄んでいるのだ。先日の濁流と一転し、さらさらと流れる水は川底をはっきりと見せていた。それは、ひどいものである。特に、空き缶のごみが多く転がっており、とても美しいなどと形容できるものには程遠い。どうして、こんなになるまで放って置くのか。どうして、こんなになったままで放っておくのか。
 昨日の濁流が、今の日本の政治であれば、今日の清流もまた、同様に思われた。汚れたうねりがその裏のケガレを隠す、しかし、ガラス張りになったところで、そのケガレは公然の秘密のように扱われる。所詮は、それを見た人間が善し悪しを感じるだけでは美しくはならないのだ。
 きっと、地元の人たちは川底を見ないのだろう。しかし、そこを汚しているのは紛れもなく地元の人たちである。あの大量のごみくずは、永遠に川底を飾っているかも知れない。それが人の心を映していることに気がつくまで・・・。

Augast 11, 1996 [晴れ]

 今日は仕事の休みをとって「Magic トーナメント in 甲賀」に参加した。20名程のデュエリストが集まり、16人がトーナメントに参加した。
 使い込みながらも常に更新している赤白デッキを使って参加した。1回戦は何とか突破したものの、2回戦で完敗であった。どちらも、青白のデッキだった。ことに、Land が出ないところを小型のクリーチャーにしてやられたのが悔しい。トーナメント終了後、チャンピオンと3回の対戦を行ったが、全勝であった。このように、対戦相手との相性や、その時のカードの引き具合によって勝負が左右されることもある。だから、楽しいのである。Magic というゲームには絶対というものはない。ある程度の、ここのカードの相性はあるが、対戦相手が都合良くカードを出すとは限らない。逆に先手をとられたり、カードを乗っ取られてピンチに陥ることもしばしばである。
 人生とは違ってやり直しがきく。いや、人生もやり直しがきくのかな。もちろん、考え方を切り換えることで、人生を軌道修正するという意味である。発想を常に前向きに修正していれば、結構ストレスを貯めなくて済むものだ。危機感を持つことも大切だが、それを乗り越えられると信じることもまた、大切なのである。そうして、一歩一歩前進することが明日に繋がるのである。
 そんなことを唐突に思いながら、明日のチャンプを目指していざ勝負!

Augast 8, 1996 [晴れのち曇り]

 今日は大津祭りの目玉である琵琶湖大花火である。インターネットでも生中継が行われたそうだが、やはり、現地に行くのが一番だ。昨年よりも人が多く、押し合いへし合い、何とか浜の公園までたどり着いた。3カ所から打ち上げられるのだが、公園は木が多く、何とか2つ見えるところまで行くのが精いっぱいであった。ただ、真ん中がメインなのでこれさえ外さなければ、十分堪能できるのだ。
 花火が炸裂したときの振動は現地でなければ味わえない。きらきらと美しいきらめき、迫力満点の轟音、そして心臓を打つような迫力ある振動である。この3つを味わうためには、あの人波・人混みも我慢することができる。
 しかし、困ったのは後ろでいちゃつくカップルだった。それはそれで良いが、黙って花火を見ろ!何処触ったとか声を出してるのは、みっともないだけでなく、花火の風情を楽しむには10年早い!しかも、また、くだらない会話を延々続けていたのも耳障りであるし、他人の風情を壊していることに気付いてもらわないと、いつまで経っても成長しないぞ。まあ、そんな輩に何を言っても理解はされまいが・・・。
 花火は19:30から21:00で終わったが、その後はすぐに帰っては行けない。琵琶湖の世界一の巨大噴水がライトアップされて動き出す。200m程の見学用桟橋を歩いて行くと、琵琶湖を渡る風に当たりながら、湖上に映る光と共に、水と光の競演を見ることができる。噴水は毎日やっているので、いつでも見れるし、草津の帰帆島の公園からでも見えるので、夜のデートコースには最適である。
 この花火の人出はとにかくどうしようもないくらいだが、大津駅が小さいことも問題である。23時になっても切符を買う人の列が続いている。みんな、往復切符を買おうね。それなら前の日に買っても使えるのだ。しかし、電車の混み方は通勤時と同じくらいであった。行きしなよりはましだったけど・・・。でも、また来年行きたくなるのである。

July 24, 1996 [晴れ]

 今日は午後から映画「MISSION: IMPOSSIBLE」(監督 ブライアン・デ・パルマ)を見に行った。なんとも良く仕上がった映画である。分かり難いどんでん返しはなかったものの、スピードのあるオープニングもかっこよかったが、全体をとうしてスパイ映画の快活なアクションとして純粋に誰でもが楽しめる映画であった。スパイの道具としてアップルのパワーブックを使用し、ネットスケープでインターネットにアクセスして謎かけに挑むのも面白い。ネットスケープのデザインが随分違ったけど・・・。
 爆破シーンも幾つかあったが、プラハでの大型水槽の爆破が最も迫力があり美しく、飛び散った魚たちが笑いを誘った。
 主役のトム・クルーズの初プロデュースであるが、その両脇を固めるスタッフとキャストは素晴らしいものがあるようだ。エマニュエル・ベアール(フランス生まれ、「美しき諍い女」)、ジャン・レノ(モロッコ生まれ、「レオン」)と顔ぶれも多彩だ。英国人、ドイツ人と色々な国の俳優が競演している。
 夕方は先日行った「ラ・クレマンティーヌ」でディナーの3,000円コースを食べた。前菜に、野菜のオリーブオイルのサラダみたいなものと、オレンジ色が不思議の美しさの赤ピーマンのムースに、メロンと生ハムであった。スープは、暖かいかぼちゃのスープ。かぼちゃの自然な甘みが濃いスープである。メインディッシュは牛フィレと千切りのポテト。このお肉のおいしいことは言うまでもない。柔らかく上品な味であった。千切りのポテトを揚げたものもおいしかった。デザートはランチの時と同じ3品。コーヒーも同様にエスプレッソをいただいた。
 夜のコースも充実しており、その上に4、000円、5、000円、7、000円のコースがある。次は4、000円のコースに挑戦しよう。

July 18, 1996 [晴れ]

 本日も天気が良すぎるくらいの晴天で、とにかく暑い!
 今日は京都の岡崎公園の周辺でグルメすることにした。まずは、「ラ・ヴァチュール」の「タルト・タタン」(600円)を食べに行った。リンゴを煮詰めたタルトだそうだ。あまり甘くないが、濃いリンゴの味が口の中に広がる。カフェ・オレがないので、グレープフルーツのジュースと一緒にいただいた。お店は、小さな喫茶店という風で、80才を越えていそうなおじいさんが出迎えてくれた。店内は奥に長くて落ちついた古さがあった。テーブルに材料のリンゴを入れたバスケットが置いてあった。
 続いてランチを食べるためにフランス料理店の「ラ・クレマンティーヌ」へ行く。ランチが1,700円であった。パスタ・メイン・デザート・コーヒー(紅茶)がセットになる。
 本日のパスタは、平たいやつでトマト・イカ・オリーブ・ピーマン(緑・赤)が入っていた。非常に腰のあるパスタで噛み応えのあるものだった。ピリッとした辛みもあったので、鷹の爪でも入っているのだろう。
 で、メインは甘鯛の焼き物に赤ワインのソースをかけたものだった。これはおいしいとしか言えない。なぜなら、私はグルメではないからだ。素朴な味だと思うけど、甘みのある白身魚はとろけるような感じであった。
 デザートは3品。バナナのムース・桃のタルト・ジャスミンティのプリンである。まず、バナナのムースを食べた。甘いバナナの味が濃厚で驚いた。これはおいしい。冷たく冷やされているのとチョコレートのスポンジがまた嬉しい。桃のタルトはこれまた思ったほど甘くなかった。今日2つめのタルトであった。そして、意外な味がしたのがプリンである。ほのかな味がするのだが、カフェ・オレのような色から想像つかないほどデリケートな味である。
 最後にデミタス・コーヒーのエスプレッソ。酸味も苦みもないわりにコクのあるコーヒーだった。シェフは若い方であるが、一品一品適度な時間で出てくるところが非常に嬉しかった。今度は、2,500円のディナーを食べに行かねばなるまい。

July 17, 1996 [晴れ]

 今日は京都へ祇園祭の目玉、山鉾巡行を見に朝から出かけた。ここ1週間、続いた晴天が今日も継続し、30度を越える実に暑い一日だった。四条通りを烏丸から河原町までを往復して見物した。昨年の宵山よりは人がすいており、自由に行き来ができた。ただ、四条河原町で行われる辻回しは人の波にもまれて死にそうだった。交差点の北西という経路の内側だったのが間違いで、東側(京阪四条駅から西)から見に行くのがベストのようだ。ただ、鉾や山の上に載っている人形は左側を向いているので、その表情を撮ろうと思うと四条通りの北側、河原町通りの西側でないと見れない。また、午後になると市内を一周した山鉾が定位置に戻るので、観光客もいなくなってからゆっくり見物することもできるし、近くで写真を撮ることも可能だ。
 堅苦しい祭りでもなく、地元の人たちは楽しんで参加してるのが良く分かる。粛々と行進しながらも、鉾の上から知り合いに手を振ったり、タバコをくわえながらプラプラと歩くおじさんがいるのも普通で、気持ちの上ではやはり地元の人の地元のための祭りなんだなと感じた。
 お昼には柳馬場にある「エスフィーファ」と言うお店に行った。ここは、グラタン1品だけを食べさせる小さなお店である。グラタン・パン・飲み物が700円と言う値段でランチを楽しめる。
 その後、映画「TWISTER」を見に行った。スピルバーグが製作総指揮、ヤン・デ・ボン(「SPEED」)が監督をし、マイケル・クライトン(「JURASSIC PARK」)が脚本をした話題の作品である。スピード感と映像の幻想的な美しさ、また自然の恐ろしい現実を次々と突きつけながら、それと闘う研究者達の姿を生き生きと力強く映し出していた。とにかく、見る方も休むところがないくらいアップテンポで、画面の竜巻に吸い上げられそうなくらいリアルである。「SPEED」程のドキドキハラハラはないけどもすがすがしさの残る映画であった。エンドクレジットの雲の映像も必ず最後まで見て欲しい。

July 3, 1996 [晴れ]

 今日は信楽へ行って来た。3回目の信楽だ。まず、先週お世話になった貞牛さんの工房へ寄った。豪放磊落な方で、実に気さくで声も大きい。陶器への造詣は深くないが、その作品の古風な色合いに魅せられた。
 そして、次に紫峰さんの工房を訪れた。面識はなかったが、インターネットでホームページを見せていただいたので行ってみようと思ったわけだ。突然の訪問を快く受け入れていただいて、1時間以上もネットワークの話をしてしまった。プロバイダやネットの裏方の話が聞けたことは有意義であった。まだまだ、発展途上のインターネット、プロバイダから受ける恩恵は大きい。接続できるだけでもまずは感謝しなければ・・・。
 今日一日でいろんなものを得たような気がする。作品に人生を傾ける人たちから発せられる言葉や感性が、水に墨汁を落としたようにしんみりと心にしみた。時間は何よりも大切と思っているが、時間を忘れることも大切なことだと感じた。信楽の大自然がそれを表現していたような気がする。

June 30, 1996 [晴れ]

 昨日、テレビで芸能人が懺悔するという番組をやっていた。最近の芸能人は一般人と何ら変わらんという風潮があるが、実際は逆である。一般人が芸能人に近づこうとしているだけである。しかも、その善し悪しが見た目で判断されているだけだ。あんなふざけた懺悔で犯罪まがい、いや犯罪の償いができるはずかない。事の善悪を考えられずに真似をしているだけの若者の目にどう映ったのかは想像に難くない。テレビの中ではそれを笑いに変えて楽しんでいるような部分があった。そもそもそれが目的のような番組であった。親の金を200万使い込んだ、法律には触れないということだったが、だからどうしたと言いたい。善悪の観念が明確に視聴者に伝わらず、たわいもないトーク番組のような作りであったことは、昨今危惧している現象を助長するだけだ。
 自己主張をしているつもりが、他人の受け売りを押しつけるだけの若者が多いように感じている。

June 25, 1996 [雨]

 つくづく、日本という国に背を向けたくなる国民が多くなっていくのではないだろうか。
 昨今のいじめ問題も根強い日本人気質、いわゆる島国根性がさらに輪をかけて助長したものだと思う。夕刊に、京都の小学校で優秀な生徒を表彰するといじめられるというので、表彰式をやめたというのがあった。画一的な人間を大量生産した結果の最たるものと感じざるを得ない。確かに大人の世界でも、突出して良いことも悪いこともできない。と、思うと同時に、以外にも突出した悪事が目立つのも昨今であることに気が付く。
 中学生になると非常に多感な頃であるが、特にこの頃に子供を締め付けすぎるのではないだろうか。私はこの頃に感性を自由に発散させてやる必要があるのではと思う。高校受験によって、子供から夢を奪っているのは日本の大人達である。いっそ、高校まで義務教育にしてしまうと良いのだ。余りにも無駄なものを詰め込みすぎていて、結局捜し物が見つからない懐よりも、裸でいる方がましである。大人社会が子供を蝕むのは、大人が子供に干渉しすぎているからだ。
 今日、消費税が5%に上がることが決まったが、国民の代表が堂々と国民を欺いているのを見ていると、お手本にならない人々が今の子供達に何を言っても説得力がないことは否めない。私は自分が日本人であることを、改めて恥じている。

June 19, 1996 [晴れ]

 映画「Heat」を見た。予告通りの市街戦は圧巻。プロの強盗を演じるデ・ニーロ(ニール)、ヴァル・キルマー(クリス)らがマシンガンを撃ち続けながら白昼の大通りを駆け抜けて行く。それを追うアル・パチーノ(ハナ)。ビルに銃声が跳ね返り、幾重にも響きわたる残響に銃声が次々と被さっていく。まるで、市街戦の真っ直中にいるような感覚を覚えるシーンである。また、アル・パチーノとデ・ニーロの2人のシーンもあったが、何よりもデ・ニーロがエイミー・ブレナマン(イーディ)と最初に出会ったときに見せたしわだらけの優しい笑顔が、彼の大きな包容力を感じさせた。
 最後のシーンは市街戦とは対照的な夜の飛行場。飛行機の離着陸の轟音の下で、2発の銃声だけが映画の最後を告げて鳴り響いた。

May 23, 1996 [晴れ]

 この10年程、雪がほとんど降らなかった菩提寺に去年の年末から異常な大雪が続いた。家々のカーポートが折れ曲がるくらいのドカ雪だった。また、4月になっても積雪があり、5月のゴールデンウィークまで肌寒い毎日だった。
 G.W.を過ぎて急速に真夏日となり京都・大阪でも30度を越える日があった。やっと夏らしくなったなとみんなが思っていた昨日、また、とんでもないことが起こった。
 夕方の4時頃、菩提寺から車で自宅に帰ってくると、にわかに黒く厚い雲が空を覆い始めた。雷が遠くで鳴り響き、じわじわと近づいてくる。マンションに着いて部屋にたどり着くと、堰を切ったように激しい雨が降ってきた。「ガン、ガン」とベランダで金属音がする。また、その音の大きいこと、途切れなく続く激しい音にベランダへと飛び出した。すると2・3センチの氷の固まりが、ベランダの手すりに当たって跳ね返る。氷の滝のような激しいヒョウだ。とても人が外を出歩ける状態ではなかった。
 1時間足らずでヒョウはやんだ。菩提寺の友人に電話をすると、カーポートに穴が開いたと言っていた。しかし、中央の友人から電話を受けると落雷で中学校の大木が割れたという話だけでヒョウは降らなかったと言う。荒れ狂う黒い雲は結構気まぐれだったのかも知れない。

 今日、そのヒョウがとんでもないことになっていた。菩提寺の様々なところでカーポートに穴が開いているという。そう言えば、会社のガレージもマシンガンを乱射したような穴だらけだった。
 そこで、近江台へ行ってみると、もう、軒並み穴だらけ。家という家のカーポートが見事にボロボロ。去年の年末に建てた新築の家でさえ同様であった。去年のドカ雪で難を逃れた家も今回はやられたようだ。
 実は、菩提寺一帯に降ったヒョウはゴルフボール大で、私の見たものの2倍はあったそうだ。しかも、被害は菩提寺一円にのみ発生したという。とんでもない所だ。また、車にも被害が起こっていた。屋根やボンネットに小さくへこんだ傷がそこかしこにあるのだ。ウーム、すごい威力だ。人に被害がなかったのが不思議なくらい。早めに家にたどり着いていて助かったんだなと今になって分かったのである。